バロック絵画とは?有名な画家や作品をわかりやすく徹底解説します!

どうもこんにちは!画家の岡部遼太郎と言います。

アクリル絵の具で描く絵画作品

おそらくこのサイトを今見てくれている方は絵が好きな人だと思います。
もちろん僕も絵を観るのが好きですし、描くのも好きです。

 

じゃあ美術史に詳しいかと言われると、歴史はそこまで・・・という方も多いのではないでしょうか?

そんな方のためにこの「アクリルラボ」では絵の描き方の他にも美術の歴史なども分かりやすく解説していければと思っています。

 

さて、皆さんは「バロック美術」って聞いてどんなものが思い浮かびますか?

バロック美術は17~18世紀にかけて隆盛を極めた芸術の形式です。
かなり多くの画家が傑作を残していて、個人的に観ていて楽しい作品が多くあります。

 

今回はそんなバロック美術の中でも代表的な画家と作品を紹介していこうと思います。

この時代に興味がある、画家に興味があるという方は是非この記事を読んでみて下さいね!

そもそもバロック美術って何?

バロック美術は先ほども少し書きましたが17~18世紀において繁栄した芸術の様式です。

ではバロックの前にはどんな様式が流行っていたのかと言うと「マニエリスム」と呼ばれるものが繁栄していました。

 

マニエリスムという形式の特徴として、当時の宮廷の様式美であり上品さと優れた技術、そして情熱的な感情表現などが挙げられることが多いです。

一方でバロック美術はそういったマニエリスムの感情表現などを取り入れながら、マニエリスム以前のルネサンス時代の壮大さ、威厳のある作風も取り込んでいきました。

 

またバロックの時代では、それ以前の時代で「宗教画」がほとんどの需要を占めていたのに対して、「肖像画」や「風景画」が多く描かれるようになりました。

 

中にはそれらを専門に描く画家も登場していきました。
オランダでは特に日常生活が描かれる「風俗画」も流行していたそうです。

ディエゴ・ベラスケス

ディエゴ・ベラスケス(1599年6月6日(洗礼日) – 1660年8月6日)

ー年表ー
1599年:下級貴族のセビーリャ家にて生まれる
1617年:フランシスコ・バチェーコという画家の元で6年間修行する
1618年:バチェーコの娘と結婚する
1623年:国王フェリペ4世の宮廷画家として任命される
1629~31年:イタリアを訪れる
1649~51年:国王に命令され再びイタリアへ
1656年:代表作「ラス・メニーナス」を完成させる

 

ベラスケスの一番のパトロンでもあった国王フェリペ4世の統治下で、スペインのバロック美術は大きな盛り上がりを見せました。
1621~65年あたりのことですね。

このスペインの美術で一番偉大で功績を残したのがベラスケスだと言われています。

 

若いころから才能が認められ、24歳で宮廷画家になりました。
そのため作品のほとんどは王族や宮廷関係者の肖像画となっています。

作品の特徴として、徹底された現実的な描写と威厳を感じさせる作風、それを可能にする高い技術力が挙げられます。

 

初期の作品はゴテっとした厚い塗りが多いですが、後期にはのびやかで自由な筆使いになっていきました。

またベラスケスはイタリアへも足を運んでおり、その際にはイタリアでも高い評価を受けていたようです。

 

しかしながら長い間、宮中に保管されていて人の目に触れることはほとんどありませんでした。

1819年にプラド美術館が開設され、社会にその存在が知られるようになりました。
近代美術の始祖ともいえるマネもベラスケスの作品から大きな影響を受けたようです。

 

ピーテル・パウル・ルーベンス

ピーテル・パウル・ルーベンス( 1577年6月28日 – 1640年5月30日)

ー年表ー
1577年:イタリアで生まれる
1587年:アントウェルペンに移り住む
1600~08年:イタリアを拠点にして活動を始める
1609年:スペインのアルベルト大公とイザベラ王女から宮廷画家に任命される。    また結婚もする。
1626年:妻のイザベラが死去する。
1628~30年:外交使節の役割も担い、スペインとイギリスを訪問する。
1630年:二番目の妻であるエレーヌ・フールマンと結婚する
1640年:死去

 

ルーベンスはバロック時代のヨーロッパ北部で最も影響力を持った画家で、 「王の画家にして、画家の王」と呼ばれるほどでした。

非常に大きな工房を持っていた事でも有名で、膨大な数の制作依頼をこなすことを可能にしていました。

 

非常に高い教養と語学能力を持っていたルーベンスは、国際的に活躍し数多くのパトロンを抱えていたそうです。

ルーベンスの作品の中でも家族を描いた肖像画は特に人気を博し、宗教画や歴史画などと同様に高い評価を受けました。

 

また、彼は10歳の頃から家族の故郷でもあるアントウェルペンに移り住み、以後人生のほとんどをそこで過ごしていました。

しかし彼の作品の特徴とも言える力強い作風はイタリアで学んだものと言われています。
1600~08年までイタリアで過ごしていたので、その際に学んだのだと思われます。

 

画家だけでなく外交官としても力量を発揮したルーベンスは、イギリスとスペンの和議を叶えた一人でもあります。

 

レンブラント・ファン・レイン

レンブラント・ファン・レイン(1606年7月15日 – 1669年10月4日)

ー年表ー
1606年:製粉業の家庭に生まれる
1624年:アムステルダムにてピーテル・ラストマンの弟子になる
1631年:アムステルダムへ移住する
1634年:サスキア・ファン・オイレンブルフと結婚
1642年:代表作「夜警」を完成させる
1654年:絵のモデルになったヘンドリッケ・ストッフェルスの間に二人の子供    が出来る
1656年:破産する
1663年:ヘンドリッケが亡くなる
1669年:死去

 

バロック時代のオランダで最も高名な画家です。
裕福な家庭に生まれましたが、晩年は不運に見舞われ経済的に厳しい生活を送っていたと言われています。

またレンブラントの作品は肖像画が大半を占めますが、宗教画や神話画などのジャンルでも優れた作品を残しています。

 

1831年~32年にかけてレンブラントはアムステルダムに拠点を移しました。
その際に集団肖像画を高いセンスで描き上げたこともあり、すぐに現地の人気肖像画家となりました。

初期の作品は鮮やかで劇的な光の扱いをする作品が多かったのですが、晩年は内面を深く探るような深みのある肖像を描いていきました。

 

こういった晩年の作品は当時あまり評価の対象にはなりませんでしたが、現在は非常に高い評価を受けています。

まとめ

今回はバロック時代を代表する画家や作品たちを紹介してみました。
おそらく絵が好きな人は知っている画家や絵だったのではないでしょうか?

 

この時代の作品は技術的にも非常に高いものが多く、現代の写実作家などからも尊敬され、研究に対象になっている画家が多いように思います。

ではでは今回はこの辺で!
また別の記事でお会いしましょう!

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どうも!絵描きの岡部遼太郎です! 色々なギャラリーや百貨店の画廊などで作品を展示してます。 自分が今まで学んできたことを、絵を観るのが好きな人、絵を描くのが好きな人のために役立てることが出来ればと思っています。 最近は絵画教室の運営に力を入れていて、絵を描くスキルを身に付けたい!絵を描き始めたい!という方をバックアップしています。 よろしくお願いします^^