[優美]ロココ様式の美術とは?特徴や活躍した画家を簡単解説!

どうもこんにちは!画家の岡部遼太郎と言います。

アクリル絵の具で描く絵画作品

歴史を遡って色々な美術作品を鑑賞していると、その時代によって全く異なる特徴があることに気づかされます。

 

中でもとても優雅で軽やか、装飾性に富んでいた美術の様式が1700年頃に登場していきました。

それが今回紹介するロココ美術です。

 

この記事では

・ロココ美術ってどんなものだったの?

・どんな画家がいたの?

・どんな作品が制作されていたの?

という疑問点にお答えしていこう思います。
ロココ美術が好きな人、どんな様式だったのか知りたい方は是非読んでみて下さいね!

ロココ美術ってどんなものだったの?

今でこそロココ美術というのは優雅で美しい美術様式として世間に認知されていますが、ロココ時代が終わった19世紀頃には非常に軽視されていました。

 

この「ロココ」という名称を付けたのは新古典主義のダヴィットという画家でした。

関連記事→新古典主義とは?有名絵画や建築などの特色を簡単解説します!

 

ダヴィットはこの「ロココ美術」を飾り立てたつまらない芸術として、軽蔑的な意味として使っていたんですね。

過去にはそうした風潮はありましたが、現在では否定的な意味合いは全く無くなっています。

 

またロココ様式は絵画だけでなく、建築や装飾芸術の分野にも大きな影響を与えました。

そして元々の発祥はフランスでしたが、版画作品やフランスから出て活動した芸術家達の手によってヨーロッパ全土に広がっていったんです。

 

この時代に扱われたモチーフ、画題はほとんどバロック時代の物と変わりませんでした。
しかしバロックと比べると、かなり陽気で軽快に表現されました。

関連記事→バロック絵画とは?有名な画家や作品をわかりやすく徹底解説します!

 

同じく神話的なモチーフが扱われても、時代の違いによる違いが結構強く出ているので面白いです。

では実際にどんな画家がいて、どんな作品が作られたのか見ていきましょう!

アントワーヌ・ヴァトー

アントワーヌ・ヴァトー(1684年10月10日 – 1721年7月18日)

ー年表ー
1684年:国境にある町ヴァランシエンヌで生まれる
1702年:パリに移住する
1704~07年:クロード・ジロの弟子になる
1712年:王立アカデミーの準会員になる
1717年:代表作である「シテール島の巡礼」が完成
1721年:死去

 

アントワーヌ・ヴァトーは当時、ロココ美術の確立に大きな役割を果たした画家の1人です。

パリの画家であるクロード・ジロの弟子となり作品に影響を受けたと言われています。

 

このジロという人物は舞台場面を専門に描いた人物なのですが、ヴァトーをよく喜劇に連れて行ったそうです。

そうしたことがヴァトーのフェート・ギャラント(雅宴画というジャンル)を生み出したんですね。

 

このロココ時代にはフェート・ギャラントは一般的なジャンルになっていましたが、ヴァトーに敵う画家はいませんでした。

フェート・ギャラントは楽し気な宴の絵ですが、ヴァトーはそこにただ楽しい絵というのではなく、同時に哀愁や儚さといった感情も同時に表現したんです。

 

こういった特徴が他の画家とは一線を画す部分なのだと思います。

フランソワ・ブーシェ

フランソワ・ブーシェ(1703年9月29日- 1770年5月30日)

ー年表ー
1703年:パリで生まれる
1723年:ローマ賞を受賞
1728~31年:イタリアへ留学する
1735年:国王から制作の依頼を受ける
1751年:代表作「ソファに横たわる裸婦」を制作
1765年:王立アカデミーの会長になる
1770年:死去

 

フランソワ・ブーシェはロココ時代の画家を代表する一人です。
遊び心のある画風と露骨なまでの官能性が、当時の王室関係者から高く評価されました。

 

ブーシェは絵画だけでなく、陶器やタペストリーのデザインまで行いました。
非常に多くの才能に恵まれた芸術家だったんですね。

また、人物画における肌の透明感、バラ色の美しい肌の描写などは特出しており、こういった点でブーシェより秀でた画家はいませんでした。

 

こういった描写は裸婦を描いた絵で高い効果を生み出したのです。

 

ジャン・オノレ・フラゴナール

ジャン・オノレ・フラゴナール(1732年4月5日 – 1806年8月22日)

ー年表ー
1732年:革手袋製造を生業にする家庭に生まれる
1747年:パリへ移住。シャルダンから絵を学ぶ
1748年:ブーシェの工房へ弟子入りする
1756~61年:イタリアで絵を学ぶ
1765年:王立アカデミーへ
1793年:美術館に求職する
1806年:人々に忘れ去られ死去

 

フラゴナールはロココ美術が最盛期のころに活躍した代表的な画家です。

同じくロココ時代に活躍したシャルダンとブーシェに絵を学びました。
フラゴナールの特徴でもある軽やかなタッチはブーシェから習得したものでもあります。

 

イタリアに留学後、フランスに戻るとサロンで作品を発表するなどして頭角を現しました。

しかしフラゴナールはそうした公の展示よりも、個人の私室に向いた作品を好んで描いていたため、一点作品をサロンに出品した後は二度と出すことはなかったらしいです。

 

18世紀後半には新古典主義が大頭し、ロココ芸術は影をひそめていき、職を失い失意のまま亡くなりました。

まとめ

今回の記事では「ロココ」と呼ばれた芸術の形式について分かりやすく書いてみました。

僕はこの時代の作品たちは観ていて楽しいですし、色使いなども軽やかできれいな物が多いので好きです。

 

もしこの記事を読んで興味を持ってもらえたらと思います。

ではでは今回はこの辺で!
また別の記事の記事でお会いしましょう!

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ABOUTこの記事をかいた人

どうも!絵描きの岡部遼太郎です! 色々なギャラリーや百貨店の画廊などで作品を展示してます。 自分が今まで学んできたことを、絵を観るのが好きな人、絵を描くのが好きな人のために役立てることが出来ればと思っています。 最近は絵画教室の運営に力を入れていて、絵を描くスキルを身に付けたい!絵を描き始めたい!という方をバックアップしています。 よろしくお願いします^^