皆さんは美術作品、芸術作品と聞いてどんなものを思い浮かべるでしょうか?
硬派な古典絵画を思い浮かべる人もいれば、前衛的な芸術を思い浮かべる方もいると思います。
後者の前衛的な美術について今回はお話してみようと思います。
前衛的な美術って言うと、長い美術史の中ではいくつも思い浮かぶと思うんですよね。
何故かと言うと常に保守的な美術様式に対して、それを覆すような様式が現れるという繰り返しが歴史の中にはあるからです。
印象派なんかは大きな変革だったのではないでしょう?
それまでの絵画のセオリーを一気に覆したような時代だったと思います。
関連記事→[光と色彩]印象派とは?特徴や有名な画家や作品を簡単解説します!
そんな印象派に続くようにして現れた美術が「フォービズム」と呼ばれる芸術です。
日本だと「野獣派」なんて呼ばれ方もしますね。
今回の記事では、このフォービズムの特徴や代表作などを画家の説明をしながら解説していこうと思います。
フォービズムについて知りたい方は是非読んでみて下さいね!
フォービズムの特徴とは?どんな美術だったの?
フォービズムは、1905年にパリの美術界に現れました。
特徴として、
・細部描写の簡略化
・平面的な描写
などが挙げられます。
特に、ここまでの細部描写の徹底した簡略は新しい美術の幕開けと言っても良いかもしれません。
そして、フォービズムは非常に小さなグループの活動でしたが、近代美術に大きな影響を与えることになります。
このフォービズムは、アンリ・マティス、アンドレ・ドラン、モーリスド・ヴラマンクなどの画家が中心となって、ダイナミックの自然を描きだす方法を模索していました。
純色の非常に強い色を好んで使い、筆使いは力強い生き生きとしていたんですね。
こうした絵を観た批評家のルイ・ヴォークセルという人物がフォーヴ(野獣と言う意味)という名称を付けました。
では実際にどんな画家がどんな作品を描いていたか見てみましょう!
アンリ・マティス
アンリ・マティス(1869年12月31日 – 1954年11月3日)
ー年表ー
1892年:パリへ法律を学びに行く。デッサンの教室へも行く
1899年:結婚
1904年:代表作「豪奢、静寂、そして逸楽」を描く
1905年:サロン・ドートンヌで注目される
1921~25年:フランス政府がマティスの作品を買い上げるようになる
1940年:関節炎になる
1954年:死去
彼は絵で生計を立てることができるまでに非常に苦労を重ねた画家でした。
マティスは、「フォービズムが全てではないが、全ての基礎だ」という言葉を、苦しい時期の後に残しています。
彼は法律を学ぶためにパリへ赴きましたが、エコール・デ・ボザールで同時に絵を学んでいました。
1904年頃には、サン・トロペで分割描法の画家であるポール・シニャックと共に絵を描いていました。
この時に代表作の「豪奢、静寂、そして逸楽」を描きました。
また、1905年は「フォーブの夏」と呼ばれ、アンドレ・ドランとコリウールへ旅をしました。
彼の信念は調和のとれた明るい色彩で描かれた構図が最も重要、というもので1906年~10年はそうした理念を前面に押し出した傑作をいくつも描き上げました。
アンドレ・ドラン
アンドレ・ドラン(1880年6月10日 – 1954年9月8日)
ー年表ー
1880年:パン屋の息子として生まれる
1898年:アカデミー・カリエールに入学する
1904~05年:フォービズム作品「ル・ペックの橋」を制作
1919年「風変わりな店」というバレエの衣装をデザインする
1954年:自動車事故が原因で死去
アンドレ・ドランはもともと工学の勉強をしていたのですが、それを捨てて絵の道へ進みました。
1898年にパリのアカデミー・カリエールに入学したんですね。
そこでの同級生が、アンリ・マティスやモーリス・ド・ヴラマンクでした。
彼らは一緒に絵を描くことも多かったようです。
1905年に画商のアンブローズ・ヴォラールがドランのアトリエの絵を全て買い上げました。
その年の夏にドランはマティスと共に絵を描くためにコリウールへ赴き、それがきっかけでフォービズムが様式が確立されていったようです。
後にドランの作風は古典的で暗い作風へと変化していきます。
モーリス・ド・ヴラマンク
モーリス・ド・ヴラマンク(1876年4月4日 – 1958年10月11日)
ー年表ー
1876年:パリで生まれる
1892~93年:パリ近郊のシャテゥーに転居。機械工をしながら絵を始める
1900年:ドランと知り合い共同のアトリエを構える
1905年:サロン・ドートンヌに8点出品
1933年:パリで回顧展を開く
1958年:死去
モーリス・ド・ヴラマンクは、ほとんど独学で絵を学んだ画家です。
両親が音楽が好きだったこともあり、音楽が身近な存在でした。
アンドレ・ドランに会うまではボクサーをやっていたり、競輪選手をしたり、またヴァイオリン奏者もしていました。
彼は自分の中にある革命的な欲求のはけ口として芸術を行っていたようです。
主に、シャトゥーにある自宅近くの風景を描きました。
1908年くらいまではフォービズムらしい鮮やかな色彩で描いていましたが、その後は暗い絵を描くようになっていきます。
まとめ
今回の記事ではフォービズムについて、どんな特徴があるのか、代表作や画家について解説しました。
大きな革命であった印象派に続く、前衛的な美術であるフォービズム(野獣派)は小さなグループでしたが大きな功績を残しました。
マティスは日本でも人気の画家ですね。
ではでは今回はこの辺で!
また別の記事でお会いしましょう!
✅電子書籍「絵の仕事で生活するためのロードマップガイド」
✅ビデオ講座「アクリル画技法無料講座」